芸術写真から報道写真へ

芸術写真から報道写真へ

20世紀にはいると、写真に関する書物が数多く書かれました。
その中でも有名なのが、上田竹翁によって著された『写真術百科事典』です。
竹田は、国外の写真が芸術的価値を高めていくのを知り、日本にもその流れを取り入れる努力をしました。
『藝術寫眞社』を起こし、雑誌『藝術寫眞』を出版したこともその1つです。
福原信三というパリ帰りの人物も、写真の芸術性を世に知らしめようとしました。
彼による写真集『巴里とセイヌ』は、現在でも高い評価を受けています。

 

1930年代には、ドイツの影響を受けて新興写真がムーブメントを巻き起こしました。
ストレートフォトグラフィの考えを根底にしながらも、技巧的な表現を取り入れる前衛的な一面も見せています。
新興写真は、世界大戦の前後から報道写真へと転化していきます。
これは、マスメディアの発展が大きく関連しているのです。

 

報道写真は社会性という後ろ盾によって、その勢いを増していきました。
真実は何よりも尊いという考えのもと、戦後も歴史の中に名を遺していきます。
特に日本では、使い捨てカメラ(レンズ付きフィルム)の登場が、写真をより身近なものにする契機となりました。
カメラは専門家が扱うものという常識を打ち壊したのです。

 

旅先の思い出を気軽に残したい。
高価なカメラは敷居が高いといった消費者のニーズに合わせた使い捨てカメラは、ヒット商品となりました。
21世紀を迎えてからは、「誰でもいつでも写真が撮れる」時代に突入しています。
その代名詞が、カメラ付きケータイ電話です。